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かたおか小児科クリニック

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小児救急医療システム

本稿は「からだの科学」 臨時増刊2002.7「小児科医が変わる」に掲載したものです。

地域の小児救急医療システムを作る

1. はじめに

 小児救急医療体制の再編が各地で問題となっている。少子化のために小児人口が減少し、小児病床、小児科医が減っているにもかかわらず、小児救急(時間外 診療)の需要はかえって増加している。重症患者のたらい回しの問題も大きな問題であるが、病院小児科の体制が整っているところでは初期救急患者が病院の救 急外来を占拠して病院の機能低下とスタッフの疲弊を招いているという指摘もある。さらに近年の特徴としては親の仕事の事情で通常の診療時間内に受診できな かった患者が時間外診療を利用するケースも多く「コンビニ需要」として問題になっている。

 筆者は川崎市の小児救急の再構築に開業小児科医として議論に関わった。実際の制度作りと運用という一番難しい状況に関与せずに論評することに批判があるのは承知の上で、この度の経験から小児(初期)救急医療体制の構築について私見を述べたいと思う。

2. 地域の特殊性

 地域救急医療システムを考える際に地域の特性を抜きにして一般論で考えることはむつかしい。地形、(小児)人口、医療機関数、小児科医の数と年齢構成、基幹病院となる公的病院の有無、交通機関など様々な要素が絡まり合ってくる。

 川崎市は多摩川西岸に沿って南北に細長いかたちをしており、西は横浜市、町田市と東は東京都と接している。人口は120万人の政令指定都市であり、7つ の行政区がある。南北に長い地形をしていて医療圏は2ないし3に分かれる。ここでは今回の救急再編の議論に会わせて南北二つの医療圏に分けて考える。

 南部医療圏 川崎区、幸区、中原区の一部。人口は50万人。

 北部医療圏 中原区の一部、高津区、宮前区、多摩区、麻生区。人口は70万人。

 市内には毎日小児科医が当直している病院が7カ所ある。

 南部医療圏には市立病院があり、ほとんどの救急の需要をここ一カ所でまかなっている。小児科の当直医は1人である。

 残り6病院が(中部)北部医療圏にある。6病院のうち4病院は大学病院であり、このことは当地の特殊性と言っていい。大学病院のひとつは市からの委託で 初期救急を受ける夜間急患センターを23時まで開いている。この時間帯の当直医は新生児担当を含めて3名である。23時以降は小児科医のいない救命救急セ ンターだけとなり小児の初期救急は原則として受け入れていない。他の5病院は当直医1名ないし2名(新生児担当をおいているところ)で基本的に時間外診療 を受け入れるところと、かかりつけかどうかなどの制限を設けているところがある。

 医師会員が出動する「夜間急患診療所」が北部医療圏の真ん中あたりにある。19時から23時まで、2名の医師が出動して内科・小児科を標榜している。出 動医は全医師会員のなかの手あげ方式で小児科医の出動する割合が少なく受診しても小児を小児科医が診るとは限らない。また検査や処置が必要な場合は病院へ の転送となるため市民の信頼がうすく、平日の夜間では平均6人の患者が来る程度である。しかもほとんどが夜間診療所周辺の住民である。

 以上の施設に加えて平成17年開院予定の「川崎市北部医療施設」建設が進行中である。この施設は北部地域の病床数不足を解消して「地域医療、救急医療」を担うべく計画されたものであり、上述の大学病院が運営を委託されることが決まっている。

3. 何が問題なのか

 このような体制の中でいくつかの問題が持ち上がってきた。

 第一は南部医療圏での市立病院の体制である。新生児救急のネットワークにも入っている市立病院では帝王切開の立ち会いや新生児の搬送入院も受ける。その うえに救急外来と病棟を一人の当直医がこなすので、当直医が病棟に上がってしまえば救急外来はストップになる。直接受診した患者は待たされるか追い返され ることになり、近隣の病院の当直医がたまたま小児科でなければ行き場を失う。こうした状況が市議会でも取り上げられ住民サービスの点から問題になった。さ らに市立病院のスタッフからは当直の過重な負担を何とかしてほしいという声があがった。

 第二の問題は、病院小児科とくに大学病院から出てきた。

 現状では夜間の救急患者の大半を病院の救急外来でみており、そのことが小児科勤務医の疲弊を招いている。学生の小児科離れ、退局者の増加により残ったものの負担が大きくなっている。この状態が続くのであれば病院小児科としては救急から撤退せざるを得ないという声もでた。

 こうした状況を軽減するために毎夜間小児科当直をおく7病院と小児科の入院ベッドを持つ3病院を加えた10病院で輪番体制を組むことが提案された。

 「川崎市の小児救急医療体制を考える会」(以後「考える会」)が10病院の小児科科長を中心に小児科医会会長をオブザーバーとして招いて発足した。2000年5月のことである。

 病院小児科の集まりであった「考える会」に筆者ら小児科医会会員が参加するようになったのは第2回目の会合からである。その後、医師会の救急担当の理事、副会長も時々出席するようなるがオブザーバーのような立場であった。

4. 誰が初期救急を担うのか

 「考える会」の議論の中で出てきた問題点。

 医師会員が出動する夜間診療所が十分に機能していない点に批判が集まった。小児科医の出動が少ないために小児患者は夜間診療所を敬遠して病院の救急外来 に押し寄せる。一方、夜間診療所は閑古鳥が鳴いていても出動医は高額の報酬を受け取る。また夜間診療所に出動しない医師会員も多数いる。

 この不公平感が病院小児科側からの小児救急医療体制再編への動機の一つと言っていいと思われる。

 実際にどの程度の割合で救急患者が受診しているのか、2000年11月のある1週間の患者数を市内7カ所の休日診療所、1カ所の夜間診療所と市内10病院小児科で調査した。(たまたまこの1週間は1年のうちでも平穏な1週間ということであった)。(表1)

2000年11月のある1週間の小児救急患者数(単位・人)
    日曜日
勤帯
準夜帯 準夜
平均
深夜帯 深夜
平均
休日・夜間診療所 113 53 7.6    
北部・
中部
A大学病院 4 105 15.0 18 2.6
B病院 0 20 2.9 0 0.0
C病院 15 34 4.9 45 6.4
D大学病院 5 26 3.7 6 0.9
E大学病院 3 17 2.4 4 0.6
F大学病院 12 41 5.9 13 1.9
G病院 9 30 4.3 11 1.6
南部 H市立病院 19 98 14.0 44 6.3
I病院 3 20 2.9 17 2.4
J病院 13 13 1.9 4 0.6

 

夜間診療所の準夜帯は53名、一日平均7.6人であった。10病院の合計は準夜帯404名、一日平均58人、深夜帯166名、一日平均24名であった。

 準夜帯は北部では夜間急患センターを設置するA大学病院、南部では市立病院に患者が集中している。深夜帯は北部では「救急を断らない」C病院、南部では やはり市立病院に集中している。日曜の日勤帯では7カ所の休日診療所の患者数が113名で病院小児科合計83名であった。

初期救急は「小児科医」とりわけ「開業小児科医」が中心になってみるべきである、という意見がある。第一標榜を「小児科」とする川崎市医師会員は名簿の 上では66名いるが、医師会員の平均年齢は60歳を越える。在宅当番ではなく「小児救急センター」への出動となると協力を得られるのはこの半数程度であろ う。この数では1カ所の「小児救急センター」の準夜帯をまかなうのが精一杯である。

小児科医の人数の問題からだけでなく、初期救急において小児科の専門性にこだわるのは現実的ではない。昼間の時間帯も家庭医として内科医が小児患者のかなりの部分を診ているという現実を考えれば、夜間だけに小児科の専門性を主張することには矛盾がある。

現実的な解決策として「考える会」は「小児科医」の定義を「川崎市小児科医会の会員」とすることにした。小児科医会には資格要件もなく会員の推薦があれ ば誰でも入会できるので、曖昧な定義ではある。しかし、小児医療に関わる研究会や講演会に出席を促すことでレベルの維持をはかるぎりぎりの妥協点ではない かと考えている。

5. 行政が動かないと事は進まない

 「考える会」の討議とは別に川崎市の方でも小児救急医療体制の不備が問題視され新規事業としての「救急」が検討されていた。

 「考える会」は途中から救急医療体制の再編を計る行政と協調していくことになる。その結果、地域医療審議会に特設された救急医療に関する特別部会に「考える会」から3名の臨時委員を送ることになった。

 ここから小児救急の問題は行政を中心に回り出すことになる。

6. 初期救急体制に関する私案

 こうした状況以前に「考える会」では救急再編についての各自の意見を求め、筆者も提案書を提出した。骨子は以下の通りである。

1.南部医療圏では市立病院への一極集中のため負荷が大きすぎる。
 市立病院に初期救急施設を別組織として併設し、医師会員を中心に診療にあたる。これは千葉市が市立海浜病院に救急施設を併設している形態をモデルにしている。出動医の確保が難しいことより、当面は準夜帯のみとする。

2.北部医療圏では平成17年開院予定の「北部医療施設」に現行の夜間診療所を移し、こちらも併設型初期救急施設とする。それまでは現行の夜間診療所の施設拡充と出動医を「小児科医」で埋める努力をする。やはり準夜帯のみ。

3.医師会員に限っていた出動医を県内、東京都内の勤務医にも拡げる。

4.診療時間を見直して開始時間が早すぎて参加できなかった医師が出やすくなるようにする。

5.行政区にとらわれずに近隣都市と救急体制の相互乗り入れをする。

7. 独立型か病院併設型か

 当初、基幹病院に初期救急施設を併設する筆者の提案は受け入れられるかに思われた。しかし、そのうち反対論が続出した。

 病院の側からは、初期救急施設が併設される基幹病院に患者が集中して公平を欠く。基幹病院小児科の当直医にとっては労働強化になる。

 行政側からは市立病院に併設することで生じるであろう縦割り行政内での軋轢、労働組合対策などへの懸念から難色が示された。市立病院の小児科医員も初期救急併設は結果的に患者の集中を呼び労働強化になるのではという懸念で反対であった。

 開業医からは病院併設になると重症患者も来ることになり不安である、と言うような意見あり、アンケートでは併設型への出動希望者は少なかった。しかし、病院が初期救急を断ってすべての患者が独立型に来る方がずっと不安が大きい と筆者は考える。

 独立型の初期救急施設を作ってもその周辺の住民が便利になり新しい需要を掘り起こすだけで周囲の病院の救急患者数は減らないということは各地の実績で判 明している。しかし「考える会」では病院小児科が初期救急を断ることが前提であるとして「すべての小児救急患者」をみる「小児急病センター」の設立を求め る意見に集約された。病院小児科は2次輪番体制を組み「急病センター」から転送される入院が必要な2次救急患者をみることに専念するというものである。

 では「すべての小児救急患者」が「小児急病センター」に誘導されたとして何人の出動医が必要になるのか。準夜100人深夜30人と見積もっても準夜3-4人深夜2人が最低限必要であろう。どこからこの人員を調達するのか。

 病院小児科から「救急外来」をなくしても当直医が不要になるわけではない。病院小児科の勤務医は病院の当直と急病センターへの出動の二重の負担を強いら れる可能性が高い。輪番体制に参加する病院の半数が2次輪番制が始まっても病院のポリシーとして従来通り初期救急を受け入れるとしている。

8. 次々と「計画案」が

 医療審議会に設置された救急に関する「特別部会」からは次々と小児救急センターの計画案がとびだしてきた。

 初期救急施設の市立病院併設案が退けられた後は、市立病院から離れたところにある南部医療圏の休日診療所を「小児急病センター」とする案、北部の大学病 院の夜間急患センターに医師会員が出向いて臨時職員として初期救急を担当する案などが浮かんだが結局いずれも採用されなかった。

 残念なことに、こうした議論が行われている中で医師会執行部のリーダーシップが発揮されることはなかった。後述する最終案に末端会員との間で齟齬が生じるとしたら、ことのことがもっとも大きな問題であったと思われる。

9. 最終的な結論

 2001年12月に「特別部会」の答申書は選挙で勝ったばかりの新市長に手渡された。それに沿って2002年1月には市の新しい小児救急体制の内容が発表された。

1.市立病院に「川崎市南部小児急病センター」をおく。このために小児科医を3名増員(部長以下11名になる)する。

2.北部にある現行の夜間診療所を改装して検査機器を増強し、深夜帯(午前6時まで)まで診療を行う。「川崎市北部小児急病センター」とする。将来北部病院が開設された際には移転を考慮する。

 南部は4月15日より、北部は6月1日より診療を開始するというものであった。

 行政としては年度内に事業を決定し予算を執行することが絶対の目標であった。さらに新市長の施策として救急問題は目玉であり、実施を遅らせることはできなかったという事情があるものと思われた。

 市立病院では増員3名の小児科医が確保できないばかりか4月の時点では後任が決まらないまま一人が退職した。「小児急病センター」の看板を掲げたものの 以前より少ない人員でスタートせざるを得なくなった。一方「小児急病センター」開設のアナウンスはすでに30%以上の患者増をもたらし現場を混乱させてい る。

 しかし、市立病院を初期救急と2次救急の一体型救急センターとしたことは評価すべきである。これは従来の市立病院の果たしていた役割を追認するものだ が、人員が充足できれば深夜当直回数が月4回以内、当直あけを休みにするというシフトを可能にする。また部分的ではあるが2人体制をしくことができる。開 業医が準夜帯などに応援出動すれば混雑する時間帯を2人体制でこなすことができる。筆者の併設案は採用されなかったが、今後の方向として考える余地がある と思う。

 北部小児急病センターの深夜帯も出動医の確保で暗礁に乗り上げている。もともと開業医で深夜帯の出動を表明していた人は数名で勤務医や大学院生のアルバイトが頼りだった。出動医の確保の見通しがないままに実施が先行したことは悔やまれる。

【最後に】

 小児救急体制の再編の議論のなかで何よりも感じたのは病院小児科からの「開業医も応分の負担を」という圧力である。開業小児科医が救急医療体制にしめる 割合は確かに少ない。夜間診療に参加しない開業医もおおい。このことについては現状をよく説明して理解を深める努力をするべきであり、また参加しやすい条 件を探るべきである。しかし、「初期救急は開業医で」ということになるといささか異論がある。初期救急は小児医療にとってもっとも基本的なところである。 いかに忙しいと言ってもこの点をさけて小児医療を行うことはできない。学生や研修医の教育に必須のことでもある。

 複数の大~中規模の病院小児科がある地域の特性を生かして無理の少ないシステム構築に向けて、まだこの議論は進めていく必要があると思われる。