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お通夜

2009/01/27

中島やよひ先生のお通夜に行く。

30分ほどの遅刻で広尾の斎場に到着。余り遅れて行きたくなかったので、午後の診療を1時間ほど早じまいにした。

参列者は長蛇の列。病院関係、患者さん関係、小児科・新生児科関係・・・多くの方が別れに来られていた。

 

 久しぶりにお会いした旧知の方々。中島さんがまた引き合わせてくれたのだろう。

中島さんは不思議と人と人を巡り合わせる人だった。私が以前の職場の日赤医療センターと今もつながっている気持ちでいられたのは中島さんがいたから。「カレー部」という、カレー好きの同好会を私が退職してからも部長として続けてくれたし。

ふと思い出して、今日のお通夜に持って行こうと探したものがあった。院内バレーボール大会で作った小児病棟(4階西)チームのユニフォーム。残念ながら、見つからなかった。

見つからなかったが、今でも思い出せる。それはピンクのトレーナー。背中に文字をプリントした。

「愛ある限り戦いましょう、命、燃え尽きるまで!」

中島さんは、美少女仮面ポワトリンだったのだ。


“お通夜” への11件のフィードバック

  1. 西澤善樹 より:

     私は3か月前に札幌で中島先生と学会場から飲み会場までタクシーに同乗してお話ししました.お正月にもいつもと変わらぬ年賀状を頂いたばかりでした.
     お通夜の会場入り口に,故人の名前が記されているのを見てもまだ信じられませんでした.本当にきれいな中島先生の遺影を見て現実だと知り涙が出てきました.私なんかと違って,中島先生を悪く言う人に今まで出会ったことがありません.とても悲しいです.
     

  2. uedo より:

    片岡先生、ご無沙汰しております。イチローを追って(?)数年前に日本を離れたうえどです。
    中島先生が亡くなったと聞き、ネットで何となく先生の事を検索していたところ、このブログにたどり着きました。
    最近は日本にいる人たちのうわさ話さえほとんど聞かずに過ごしていたため、突然の訃報をすぐには信じる事ができませんでした。しかし、やはり本当の事なんですよね。
    片岡先生の書いてくださったを読みながら、一緒に働いていた当時の中島先生の姿を思い出し、とても悲しい気持ちになりました。
    こうして何年ぶりに片岡先生が活躍されているホームページやブログを拝見できたのも、中島先生との縁があったからでしょうか。
    これからも時々このブログにお邪魔させてください。

  3. かたおか より:

    >西沢先生
    中島先生から札幌で西沢先生にお会いした話は聞きました。それで、先生のコーラ一気のみ芸の話になりました。その時はまさかこういう事になるとは思ってもみませんでした。
    >上戸さん
    本当にご無沙汰です。
    お通夜の会場に足立さん、堀江さんと一緒にタクシーで向かいました。車中、上戸さんの話、梶ヶ谷の猫の話になりました。
    確かに、中島先生の引き合わせかも。

  4. 関 和男 より:

    片岡先生
    水曜日の告別式に行ってきました.
    川上先生、与田先生、NICUクラークの岡田さん、NICU師長さんの弔辞があり、静かな時間の流れる会でした.
    与田先生が弔辞で、術後の七夕で中島先生が「生きたい」と短冊に書いていた、と言っていました.
    それから一年半の命だったのですね。
    最後にお顔を見てお別れしてきましたが、それでも現実とは思えません。
    堀先生、大川先生に続き、3人目の現役の先生を見送ることになってしまいました。
    日赤関係では辻淳子先生も現役で見送っています。
    今回は年下でさらに辛いことでした。

  5. かたおか より:

    葬儀の方は時間が作れず、行けませんでした。
    七夕の話は知りませんでした。
    年齢や初発症状から考えて予後がよくないことはわかっていたのでしょう。でも、うちのクリニックに見学に来ていたときはそんなことはおくびにも出さずに、にこにこしてました。私が鈍かっただけなのかもしれません。

  6. 高橋 より:

    はじめまして。
    突然のメール、失礼いたします。
    中島やよひ先生とは5年ほど前、私が表参道に勤めていた頃、リフレクソロジーなどのトリートメントを担当させていただいていました。最近になり、当時お話を聞いていた桜の場所にどうしても行きたくなり、色々と検索していて、このブログに辿り着きました。もしかしたら私の存じている、小児科医のやよひ先生とは別の方で、今もご健在なのでは?との僅かな期待を込めて、お伺いいたします。
    やよひ先生は、お会いできるのが楽しみなお客様の一人でした。「こんな笑顔になりたい」と思える、名前の通り、春のお花のような方です。月に一度か二度、最終枠で、お仕事の後にいらっしゃいました。一スタッフである私に、ヨーロッパの学会(オランダでしょうか?)のお土産に南瓜の種のオイルを下さるような、細やかさもありました。少しふっくらとした、40歳前後の女性です。今は連絡する術を持たないので、片岡先生のブログを拝見し、驚き涙が出ました。同じ方なのでしょうか?

  7. かたおか より:

    高橋さん
    残念ながら、亡くなった中島やよひさんは高橋さんがご存じの中島やよひさんでしょう。
    私は今もまだ信じられない気持ちでいます。

  8. 高橋 より:

    やはりそうなのですね。最後にお会いした時、もっとお話をしていれば良かったと悔やみます。ご冥福を心よりお祈りいたします。
    聞こうか聞くまいか迷いましたが、失礼を承知でお伺いいたします。やよひ先生が診ていた子どもさんやそのご家族と、毎年見に行っていた川岸の桜をご存じないでしょうか?お話を聞くだけでも素敵な所(幻想的な夜桜)だと言うのが伝わってきました。たしか、(北)関東だったと思います。
    もう、やよひ先生に会うことはできませんが、でもその場所に行ってやよひ先生を偲びたいと思います。
    無理なお願いとはわかっていますので、このままお返事が無くても、私には縁のなかった場所なのだと諦めます。こんなお願い、本当にすみません。

  9. かたおか より:

    高橋さん
    「川岸の桜」に心当たりはないのですが、中島さんと一緒に患者さんとの会に参加していた人に聞いています。たぶんわかると思います。
    ところで、昨朝、通勤中の車の中でJ-WAVEの別所哲也さんの番組を聞いていたらエステティシャンの方がゲストで出ておられました。最後にお名前を聞いてアレ?と思ってJ-WAVEのHPにアクセスしました。

  10. かたおか より:

    「川岸の桜」の件です。
    中島さんと一緒に未熟児室卒業生の花見に参加していたスタッフの方から、連絡がありました。
    例年花見は広尾の「有栖川宮記念公園」で行っているそうです。「川岸」ではなくで、「池の畔」だったようです。

  11. 高橋 より:

    桜の場所、探してくださりありがとうございます。都心にあるとは思えないような、素敵な所ですね。ただ、ライトアップの事が載っているものは見つからなかったので、そこは直接問い合わせて、ぜひ夜桜を見に行きたいと思います。
    別所哲也さんの番組に、高橋さんが出ていたのですね。でも、きっとその方は有名な高橋ミカさんでしょう。当時の私はサロンの一スタッフでした。昨年の夏から、横浜でお店を始めましたが、まだ駆け出しのひよっ子です。
    お教えいただけなくても仕方ないと思っていたのに、こんなに早く場所が特定でき、本当に嬉しいです。ありがとうございました。これも、やよひ先生のお引き合わせでしょうか。出会いに感謝いたします。

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